・ホラー アクシデンタル 第11話「悪徳の栄え」についての記事です
・「あらすじ」:話のストーリーをざっくりと書きます
・「私が思う話の内容」:話の真相、どのような意味が含まれているかを考えます
・「情想」:観ていて気づいたことや思ったことを話の流れに沿って書きます
あらすじ
主人公(眼鏡をかけた会社員らしき男の人)がコンビニで会計をしている
コンビニは”タイムズ(Time’s)マート” ㈲成田商店。営業時間は7時~23時
支払いは現金でおつりが出ないようにちょうど出している
黒の車で来た金髪モヒカンの若者が、コンビニの外のごみ箱に家庭ごみをいく袋か捨てている
若者は”REBEL”と書かれた黒の服を着ている。REBELとは、反抗者という意
ごみ箱はもえるゴミと空カンの二種類が置いてある
コンビニから出た主人公が若者の行為を立ち止まって見ていると、若者が、
「なんだよ?」
と言ってガンを飛ばしてくる
主人公は目を伏せてそのまま去っていった
――◎◎場面転換◎◎――
この日も主人公はコンビニで買い物をしている。またおつりも出さずに会計をしている
コンビニを出ると今度は中年のばあさんが大量のごみを捨てている。昨日の若者よりも量が多い
空き缶のたくさん入った袋も全部もえるゴミに捨てている
それを見て、いやな顔つきでばあさんを見る主人公
ばあさんも無言で主人公を睨みつけてくる
主人公、一瞬目が泳いでそして立ち去っていった
主人公には気が弱い印象をもつ
――◎◎場面転換◎◎――
この日は主人公がコンビニに向かって歩いている
道の途中に公園(〇〇〇立{秦野市立?}つるまき北公園)が映る
コンビニの前の押しボタン式交差点で立ち止まってコンビニを見上げる(赤信号で、押ボタンはすでに押されている)
そこには昨日のばあさんが昨日よりも大量のごみを捨てている
主人公はあきれた顔で信号無視をして交差点を渡り、ばあさんの前で立ち止まった
ちょうどその時、若い女の子がコンビニから出てきて、ばあさんの行為に思わず足を止めた
そして主人公に気付き、目が合った
女の子は「注意してよ」というような顔で見るが、主人公は目を伏せてそのままコンビニに入っていった
女の子も立ち去っていった
コンビニに入った主人公は振り返って去っていく女の子を眺める
女の子にいいところ見せれなかったなあ、というような悲しい顔
ばあさんは一連の出来事になにも気づいていない
――◎◎場面転換◎◎――
バスの中、主人公と数人の乗客が乗っている
子供が声を出して遊んでいる
それを見た母親が立ち上がって、
「こらああ!周りの人の迷惑になるでしょ!やめなさい!座って!ごめんなさいは?」
と、子供をめちゃくちゃ大きな声で叱り、反省を促している
主人公は複雑な表情
そして昨日と同じようにコンビニへと向かって歩いていて、交差点で立ち止まる。押しボタンは今日もすでに押されている
主人公がコンビニを見上げると、今日もばあさんは大量のごみを捨てている
しかも昨日の女の子が今日はコンビニの中からいやそうな顔でばあさんを睨みつけている
それを見て目を伏せる主人公に、さっきのバスでの母親のセリフがプレイバックする
――「こらああ!周りの人の迷惑になるでしょ!やめなさい!座って!ごめんなさいは?」
決意したように目を上げる主人公
そして横断歩道を歩きだした瞬間、トラック(川崎ナンバー)が突っ込んできて轢かれた
悲鳴が混じる中、数人が轢かれた主人公のもとに駆け寄ってくる
女の子もコンビニから飛び出して駆け寄ってくる
ばあさんは交通事故の光景を驚く様子もなく眺めている
そこにばあさんのケータイが鳴り、徒歩で帰りながら電話に出る
「あ、もしもし?いやさ、今目の前で事故みちゃったのよ事故。人がね、轢かれちゃったのよ。うん、もうびっくりwww」
「そうなのよ、びっくりしゃってさ。でさ、今日どうする?・・・・・
終了――
私が思う話の内容
悪いことをしている人を注意しようとした主人公がまさかの轢かれちゃったという話
悪い行為をしている人を注意しようとしたのに不幸に見舞われちゃってかわいそうだなあという話だと思います
情想
バスの中で怒鳴りつける母親の声のプレイバックがいきなりでびっくりした
コンビニの店員がウルトラマンみたいな派手な制服だった
でもよく見たらこの制服はコンビニの企業カラーである青,赤,オレンジに基づいているんですね
この公園とコンビニについて調べてみよう
公園の名札はあんまりよく見えなかった
公園(〇〇〇立{秦野市立?}つるまき北公園)
でも公園の遊具にカラーブランコと白ウサギの乗り物が写っていた
これは鶴巻温泉駅の近くにある公園「秦野市立 つるまき北公園」でしょう
この公園にはカラーブランコと白ウサギの遊具がありますから
それとコンビニ
つるまき北公園の近くには確かに「タイムズマート 鶴巻温泉店(神奈川県秦野市鶴巻1402-10)」がある
おそらくここが今回のロケ地でしょう
ここからはより情想らしいところに入っていきますね
この物語のキーワードは悪徳
悪徳とはなんなのか
自己中=自分勝手=悪徳
出てくる登場人物のみんなが自己中だなと思った
だから自己中と悪徳をイコールにしてみた
ではタイトルの「悪徳の栄え」とはどうゆう意味か
他ではタイトルに意味ないとか言われているみたいだけど、意味ないと言ってしまえばそれで終わりなだけだ
かといって考えても答えがないから、今度は終わりがないだけだけどね
一応私は考えてみよう
悪徳の栄えとは、“自覚しない悪徳”のことだと思う
“自覚しない悪徳”とは、”バスのときの母親”のように、良かれと思ってやっている”善意の行い”が、
善意という属性に隠れてしまって、実は周りに迷惑をかけている”悪徳”でもあるということだ
それが”自覚しない悪徳”
会社員が、注意をするという善意のもとに信号無視したとはいえ、トラックの運転手から見れば結果信号無視されて思いもよらぬ事故に至ってしまったのだ
会社員の、信号無視をしたという”悪徳”もまた会社員の”自覚しない悪徳”である
もはや善意ある行動は、結局は自分が周りからよく思われたいという自分の為の行動=”自分勝手”から成っているということに対しての皮肉、人間の奥の部分なのか
本来、自分勝手というのはイコール悪徳というわけではないと思う
自分勝手は自分のための行動だと思う
その自分のための行動といっても、自分に対しての行動もあれば、他人に対して行う行動もある
この他人に対して行う行動、これがイコール善意だと一般認識されている
それは確かに他人に対しての行動であることは間違いないのだけど、その他人の為の行動であるかどうかまでは分からない
実際は自分のための行動であることもあるのに
この少しの差が、極端に言うけど善意と悪徳の差なのだと思う
どこが悪徳なのかというと、元(他人に対しての行動が自分のための行動)が決して悪徳だと言うのではなく、
その元さえも全部イコール善意につなげてしまっていることが悪徳なんだと思う
これは社会も悪い。常識を作ってしまっている時点でそれはある意味集団洗脳だ
この善意と悪徳は少しの認識の差だから、本人さえもどっちなのか分からない
他人に対して行う行動が、ほんとにその人の為の行動なのか、それとも自分の為の行動なのか
実際、他人に対して行う行動には善意と悪徳が共存していると思う
善意の裏側には悪徳が隠れているかもしれないし、またその逆もしかりだ
しかし今の世の中では、他人に対して行う行動が、どうしても善意だけ過大に見えてしまっている認識がある
だから私も最初は会社員が轢かれてかわいそうだなあと思った
でもよく考えたら、一つの善意ある行動の下にはいくつかの悪徳があることに気づいた
じゃあ今回の話のケースで具体的な悪徳とはなにか。人物別に考えてみた
ごみ捨てばあさん
・コンビニに大量の家庭ごみを捨てる<完全悪徳>
若い女の子
・自らは注意しないくせに中途半端に関わる<自覚しない悪徳>
»»他人(会社員)まかせ。それがまた中途半端に関わるもんだから会社員の善意を催促する
・可愛い顔をしている<自覚しない悪徳>
»»会社員の善意を催促する
バスのときの母親
・子供を叱る大きな声<自覚しない悪徳>
会社員
・ごみ捨てばあさんを注意しようとする
»»話の流れから察するに多分善意。ただもしこの行動が自分のための行動(自分の為とは、自分に対しての周りからの評価を上げたいだとか、若い女の子に好かれたいとか)だとしたら自覚しない悪徳になる
・信号無視<自覚しない悪徳>
トラックの運転手(特殊)
・人を轢いた<悪徳から生まれた悪徳(これを悪徳と言いたくはないけど、世間認識は悪徳になるのでそうしときます)>
»»悪徳の連鎖というか、悪徳がのさばっている皮肉というか。転じて、悪徳の栄えである
ごみ捨てばあさんのような”完全悪徳”から母親や会社員のような”自覚しない悪徳”まで、世の中には様々な悪徳がある
その悪徳ののさばり様を”悪徳の栄え”だと私は解釈してみた
普通に見れば、注意しに行こうとして轢かれた会社員のことはかわいそうだと思う
でもそんな理不尽な事の中にも、理不尽や自覚しない悪徳がある、というのが今回の人間の黒い部分なんだと思う。いや、今回は複数だから人間たちか
理不尽の中の理不尽とは、会社員が轢かれたという理不尽だけではなく、会社員が信号無視をしなければ轢くことはなかったトラックの運転手の不幸もまた理不尽であるということである
会社員について
この会社員は轢かれた時だけじゃなくていつも信号無視をしていた
まず、この交差点の信号は押しボタン式。タイトルの出る序盤のシーンより
会社員が横断歩道を渡る前のシーンは二つある
一つは若い女の子に初めて会った時。そしてもう一つは轢かれる前の時
二つめのシーンである、轢かれる前の場面の描写
押ボタンが点灯している
その後の轢かれた場面を映す交差点の引きのアングルから、赤信号なのに信号無視をしたということが分かるようになっている
それは同時に押ボタンが点灯している間は赤信号だということも分かる
それを踏まえて、一つめの横断歩道のシーンに戻ると、
会社員が横断歩道まで歩いていく場面で、押ボタンがすでに赤に点灯していて、会社員が押しボタンを押したのではないことが分かる
押しボタンを押したのは誰なのかと思うけど、そんなことはどうでもいい
問題はこのあと
会社員が横断歩道を渡り始めるシーンで、まだ押ボタンが赤に点灯しているのに会社員は横断歩道を渡っている
さっきの事から、実際に交差点の引きのアングルはないが赤信号であるはずで、ゆえに会社員は信号無視をしていることになる
さらに会社員が足を踏み出す直前、一瞬だが背後からのアングルで会社員が右をちらっと確認してから横断歩道を渡っている。左は見てない
これは完全に信号無視だと、間接的に描写している
この会社員、おつりは毎回出さないように会計するのに、信号無視は常習犯だったんですね
信号無視が常習だったと分かったはいいけど、だからといって別に何がどうなるわけではない
ただ三木先生は僕らの気付いてない細かなところまでしっかりこだわる人だ
三木先生の考えていることを少しでも分かってみたいだけなんです
いやしかしわずか5分ほどのオムニバスドラマにこれほど考えさせられるとは思わなかった