オ)ミミズと僕

ボキャ貧に縁のない見事なる文才で書き上げられた逸話だ

僕の幼少期の体験を聞いてください。

あだ名がミミズという小学校4年になる少年がいた。

あだ名の由来は彼の名前にもあったが性格にも関係していて、引っ込み思案でよわよわしい少年だった。

風貌も薄茶色のTシャツの日が多く、目は重々しい二重で少しギョロ目の細顔。

春に転校してきて早速他の男友達になじられる存在であった。

別に嫌われていたわけではない。そんな彼を人一倍なじっているのが僕だった。

その頃の僕はいい意味で素直な性格、悪く考えるとわがままな性格だった。

とりあえず自分が一番という、大人になって考えるといやなガキだ。

僕のような性格のやつとミミズが仲良くなるなんて誰が想像できただろう。

周りには友達はいたし、別にミミズと二人で遊ぶ必要もなかった。だが僕はなんとなくミミズが気に入っていた。

子供の時僕と似たような性格をしていた人にはわかってもらえるかもしれないが、丁度いい子分になるような、決して対等ではない友達のような都合のよいもの。

よく話すきっかけになったのはやはり共通の趣味、ガチャガチャ集めだろうか。

とある漫画関連のガチャガチャだったけど少しマイナーで話が通じたのはミミズが初めてだったわけだ。

こうして日々の半分は他の友達と、半分はミミズと遊ぶようになった。

ミミズと遊ぶというと僕が勝手に提案したガチャガチャ競争が主。

どっちが先にシリーズを集められるか、とか言いつつ本当に嫌なガキの僕は平気でミミズから欲しいガチャガチャを横取りしていた。

ミミズは困惑した表情をすると苦笑いでそれを容認してくれた。

僕はいろいろと彼にわがままを突き通して平気でいたのも、実は”遊んでやってる”という気持ちをもっていたからだ。

ミミズは自分から人の輪に入るのが苦手で、こっちから話しかけないと来ないからしばしば一人になることが多かった。ミミズ自身も別に1人でもよさそうだったけど。

えらそうな僕はもらうだけじゃ悪いからとはずれのガチャガチャをミミズに押し付けたりもした。

ミミズは目をキョロリと動かして「ありがとう」ともらってくれる。満足する僕。

僕「僕そろそろ家戻る」
他の友達「え、もう?」
僕「うん、ミミズが僕んちくる約束なんだ」
他の友達「お前ほんとにミミズと仲よしだなー。あいつ話しかけてもギョロギョロしててよくわかんないんだよな」
僕「ミミズとは***(漫画のタイトル)の話ができるからさ」

夕方になって空が赤くなる頃、玄関に戻るとミミズが待っていた。

部屋で話しているとき(僕がほとんど一方的に話してた)、なかなか出てこないガチャガチャの話をしていると珍しくミミズが顔をあげて話し始めた。

「僕の兄ちゃん・・それもってんだ」
「え!?兄ちゃんも集めてるんだ!」
「うん・・今は受験のために集めるのやめてるけど・・かざってある。2個」
「!!」

興奮した僕は早速催促を始めた。

「2個あるなら1個もらってこいよ!」

いつにもまして困惑したミミズだったが、僕は無理やりまるめこねて彼を説得し、「じゃあ聞いてみる」と言わせることに成功した。

次の日、見事にミミズは幻のガチャガチャをゲットしてきた。

乱舞してる僕を見てミミズも満足してるようだったが、急にまた目をギョロッとさせて、

「実は・・兄ちゃん昨日友達の家に泊まって帰ってこなくて・・勝手に持ち出したから・・その・・」

自分でも何を言っていいかわからないようだったし、僕もそっか正式に持ち出したわけじゃないのか、と少し後ろめたさを感じたが、すべてはミミズとミミズ兄の間のことであって僕には関係ないとしてただただガチャガチャをゲットしたことを喜ぶことにした。

1週間したか、ある日のこと。

すごく暑い日だった。

セミがうるさく鳴き始め僕もイライラしていた。

僕はセミの鳴き声は好きじゃなかったし、その後の人生でも好きになることはなかった。

忘れられない1日の始まり――

教室に入って席にドスンと座ると、ミミズが自分の席から立ち上がり珍しく僕のほうに自ら近づいてきた。

「おはよ・・」

言いかけたときにミミズの顔が蒼白なのに気がついた。

「○○くん・・あのさ・・兄ちゃんが気づいてさ・・」
「2個あるなら1個くらいくれてもいいじゃん・・って言っといてよ」

いつにもなく強気で無礼な僕。どうしてもそのガチャガチャを手放したくなかった。

「いや・・それが・・1個しかなくなっちゃって・・その・・」
「え?1個?2個あったんじゃないの?」

ごにょごにょ言うミミズからの説明をなんとか僕は理解した。

この間ミミズ兄がいない間にガラスケースからとったガチャガチャは僕用の1個だけではなく2個だった。

ミミズもそのガチャガチャの中身をよく見たかったらしい。

しかしミミズはそれをなくしてしまった。

なくしたのはなんとも早い次の日のことだった。

ミミズ兄はしばらく気づいていなかったが昨日ついに気づいてしまったらしくカンカンだという。

なくしたことは告げてないものの、とりあえず1個返せば機嫌を直してくれるはずだとのこと。

ただガチャガチャを返せばいい、なのに、僕はどうしてもどうしてもそれを手放したくなかった。

もとはといえばミミズ兄のものであるにもかかわらず、僕は意味不明な理屈を重ねて断固拒否の姿勢をとった。

ミミズはもう泣いている。ギョロ目が潤んでひどく気の毒な顔になっていた。

「僕はお前にもらったんだぞ!お前の兄貴にもらったわけじゃないし!なんでお前の兄貴に返さなきゃいけないんだよ!」
「おねがいだよぉ~・・兄ちゃんイライラしてて・・すごく怒られる・・」
「しらねーよ!あーだったら出せばいいじゃんガチャガチャ行って」
「むりだよぉ・・そんなことわかってるくせに!」

キッとミミズが僕の顔をにらみつけた。

初めてミミズのこんな顔を見た。

ミミズのくせになんなんだよ・・

僕は顔をそむけて知らないふりをした。

先生が入ってきてもしばらくミミズは僕の隣で立っていたようだが、やがて窓際の自分の席に戻っていった。

「しらねーよ、ほんと・・」

あのミミズが僕を睨みつけた目が、それが僕が見たミミズの最後の目、そして顔だった。

朝あんなに晴れていたのにものすごい夕立がきて、車がスリップしミミズに激突した。

即死だった。

ガチャガチャのある店の前で・・

僕に初めてとてつもない罪悪感がのしかかってきた。

葬式の時にもまともに写真を見ることができずひたすら心のうちで謝るばかり。

勘違いでもなんでもない。

あの日僕が返さなかったからミミズは店のガチャガチャをやりにいったんだ。

わらにもすがる思いで!

そのときはねられたんだ!それで死んだんだ!!

ミミズが死んだ!!僕のせいで・・

初めてづくしの一日だった。

初めて自分の行動を恥ずかしく思ったし、初めて自分の性格というものを考えた。

そして何より初めてミミズの立場になってみたのだ。

ミミズはなんであんなに僕のわがままを許してこれたんだろう。僕はあんなことされたら絶対怒るのに、蹴りいれてるのに。

いらないガチャガチャなんて渡されても困るだけだし、ずっと馬鹿にされたら・・

自己嫌悪になりながら寝床についてその日は電気を消した。

暗闇の中にガチャ玉が浮かんでた。

中にはあの幻の怪獣が入ってる。

ミミズの兄貴の・・でも今は僕のだ!

中の怪獣が叫び始めた。

小さい目のはずなのになんだか大きく見えてきた。

おかしい、こいつに黒目はないはずなのに・・

ギョロリと僕を睨んだのはミミズの目。

「まっくらだ!ここはまっくらだよぉ!」

!!?・・・

青ざめて目覚めるとすぐ横からコツリと音がしてガチャポンが落ちた。

夢の中のガチャポン、ミミズから僕が奪った・・

僕は幽霊はいると信じていたからこの偶然が偶然に思えなかった。

それから5日間ほど僕は似たような夢を見続け、ミミズがすぐそばで睨みつけている感覚がどうしてもとれず日に日に食欲がなくなっていった。

家族はもちろん僕の周囲の人たちも僕の異変には気づいていたようだが大切な友達が亡くなったショックだろうと思っていたんだろう。

「悪かったよ・・許して・・」

何をすれば許されるのかずっと考え続けていた。

そしてふと気づいた、というかなんでそれまで気づかなかったのか。

夢の中でもガチャガチャが出てきてたじゃないか、もしかして返せばミミズも無事成仏してくれるんじゃないだろうか。

そんなことで許されるもんなのか・・でもとりあえずこれはもともと僕のものじゃないんだ。返さなきゃいけないんだ。

ミミズの家に行くと、ミミズ兄だろう人がでてきた。

意外とミミズには似てない目をしていたが表情をギョッとさせた、というのも僕の顔が相当やつれていたらしい。

「僕××(ミミズの名前)くんの友達です。それで、これ・・」
「あ、これか。あいつ。君に渡してたんだね」
「はい・・あの、お返しします」
「いいよ。あげるよ。最後に君に渡したんだろ?」
「返しますお願いです。お願いだから・・」

泣き崩れてしまった。

もう子供の僕には限界で全て話してしまいたくなって、ミミズ兄に夢のことなど全て話した。

ミミズ兄は長い間黙っていた。

「そうか・・そんな夢を見ちゃったんだね。怖かっただろう」
「当たり前なんです。あいつにひどいこと沢山したし」
「でもさ、○○くん。あいつはそんなたたるような性格してないよ。」
「・・・」

ああ確かに、ミミズが人を恨んでたたるような性格には見えなかった。

「きっと夢とか××の気配とかもさ、○○くんが自分を責めるから見えたり感じたりするんじゃないかな。」
「でも・・」
「それに実をいうと、あんまり人には言ってないんだけど君には特別に教えてあげるけどね」
「はい・・・?」

ミミズ兄は声を潜めて話し始めた。

「俺霊感あるんだ。親にも内緒にしてるんだけどね。今君の周りにはなんにもいないよ。もちろん××も。」
「ほんとに?」
「本当さ。いいか、結構幽霊とかって人の勘違いが大半なんだよ。君は反省してるんならそれでいいじゃん、な!」

僕は単純だったこともあって霊感があると言う人が僕の周りに何もついていない、というその言葉だけでスーっと肩が軽くなっていった。

それから2,3日して僕はすっかり元通りになっていた。

好き放題に遊びまわり食べまくりもした。

変わったといえば少し前よりは思いやりという心が増えたはず。

あれは何日後のことだったか。

暑い晴れた日の放課後、みんなで野原に囲まれた土の上でサッカーをしていた。

ミミズのことなど皆忘れていた。僕も正直もう切り替えていた。

これからは皆にあんなわがままはしない!

ボールが僕の頭上を大きく飛んでいった。

「とってくる!」

野原をかきわけていくと、最近は遊びに使わなくなった小川が見えてきた。

思えばその頃から川が汚くなり始めていて皆臭いといって近づかなかったのだ。

ボールは川の一歩手前で止まっていた。

ボールを手にとると、濁った水面の中にあるゴロゴロしたものが目に付いた。

大量のガチャガチャ・・・

僕らが集めてたシリーズの人気のないやつ、僕がミミズに押し付けたものだ。

後ろに冷たい気配と冷たい感触が襲ってきて振り向こうとした時、されるがままに僕は川の中に突き落とされた。

川はあんなに日が照っていたのにひどく冷たかった。

だがそれ以上に足元に激痛が走る、僕の足にひびが入ったらしい。

思ったよりも小川は深くて仰向けにしていたら溺れてしまうから必死で身を起こしたが、冷たいし痛いし、起き上がれなくてだんだん感覚がなくなっていった。

このままじゃ死んじゃう!

「だっ誰かー!!たすけてー!」

ふと見ると野原にはミミズが立っていた。

僕の体温はさらに下がっていった。

なんだ?これも幻覚なのか?幻覚だからミミズの髪がそよ風になびかないのか?

ふと僕はここに来ちゃいけなかったんだと悟った。

ここはミミズの秘密の場所だったんだ・・頭の悪い僕にもそれがわかった。

目の前に立っている無表情のミミズの気持ちがよく分かる気がした。

背中を押したのはきっとミミズだったんだろうけどそのときは必死だった。

「助けて!たすけて・・足が動かない・・このままじゃ死ぬ!」

ミミズなら助けてくれるだろ・・いつもよく見たミミズの顔だ。

困ってるけど笑ってる顔、ギョロ目を細くさせて・・

今ではその目から涙をしたたらせて・・

「ぼくはそんないいやつじゃないよ・・」

ハハハハとミミズが笑う途中で僕の意識は途切れた。

病院で母に頼んであのガチャガチャをミミズ兄に渡してもらうよう頼んだ。断られても絶対渡すようにと。

それからは夢の中でも現実でも彼に会うことはなかった。

あれからミミズ兄とも会ってないが、思うに霊感があるといったのは僕を落ち着かせるためについた嘘だったんだろうと思う。

ミミズはやっぱりあのガチャガチャを返して欲しかったんだ。

あれから僕はだいぶ考え方がかわった。

まあまともな考えをするようになっただけ。

その後もミミズのような人間に会うが、なんでもなさそうな顔をしている彼らも恨むということを知っている。

決して許してくれてるわけではないのだと。


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