丑の刻参り
去年の夏の話です。
友人Nの家の近くに少し大きめの神社があって、そこで数人集まって肝試しすることになりました。
私と神社の地理に詳しいNとで脅かし役をすることになり、夜中の1時過ぎぐらいに他のメンバーより先に神社に行き、脅かしポイントである林の中で待機してました。
Nと話をしながら、15分くらい待っていると遠くのほうにチラチラと明かりが見えました。
お、きたきた、思う存分脅かしてやろうと思って気合いを入れたのですが、明かりが近づいて来るにつれて、何かおかしいことに気づきました。
友人らはペアを組んで来るはずなのに、どう見てもその人影は一人なのです。
もしかしたら誰かが男気を見せてやろうと一人で来たのかと思ったのですが、段々と近づいてくる人影は髪の長い女性でした。集まった友人の中に女性はいません。
その人はTシャツにスラックスかチノパンのような格好で、懐中電灯よりも小さいペンライトを持ってました。
私とNはさすがに時間が時間ですから、不審に思い顔を見合わせましたが、こちらが姿を見せたら相手も驚くと思うので、そのまま息を潜めて隠れてました。
すると女性は私たちがいる場所から5、6メートル離れた場所まで来ると鞄からなにかを取り出して、樹に打ち付け始めました。
何をしてるのかすぐにわかりました。いわゆる丑の刻参りです。
丑の刻参りと言ったら白装束の格好のイメージがあったので、まさかこの女性がそのために来たとは思いませんでした。
死ね、カッ、死ね、カッ、死ね、カッ、死ね・・・
樹にわら人形を打ちつける乾いた音と、女性が発する呟きが静かな境内によく響きました。
汗がにじみ出ました。
とんでもないものを見てしまったと。そしてあることに気づきました。
このままでは何も知らない友人がここに来てしまいます。私はあわてて携帯のメールを打ちました。
なるべくディスプレイの光が漏れないようにしながら、ただ三文字、「来るな」、とだけ打って送りました。
そして、すぐにこの場を離れたかった私は、Nにジェスチャーで逃げるぞ、と伝えました。
Nも頷いたので腰を浮かしかけたとき、私の携帯が鳴りました。あまりのできごとにすっかり失念していたのです。
来るな、とメールが来たら何事かと電話するのはあたりまえです。
場違いな着メロの音がとても大きく聞こえました。
女性が驚いてこっちを振りむいたのを最後に、私とNは、死に物狂いで走って逃げました。
何百メートルか走った頃に、ようやく後ろを振り向きましたが、追いかけてくる気配はありませんでした・・・
結局そのままNの家に行き、友人達と合流して事情を話しました。
最初は冗談だろうと思っていた友人らも、私とNの必死の顔を見て本気だと理解してくれ、肝試しを中止することになりました。
しかし、せっかくのイベントが中止になって、気持ちを持て余している雰囲気はどうしても感じられ、友人の一人が、夜が明けたらもう一回神社に行ってわら人形を見てみよう、と言い出しました。
私とN以外の友人はすぐさまそれに賛同しました。私とNもかなり渋りましたが、友人らの勢いに押されたのと、夜が明けてから多人数で、ということで結局了解しました。
朝日が顔をだし、外が明るくなりはじめたころに私達はNの家をでて、例の神社に向かいました。
私は数時間前の恐怖が忘れられず、腰が引け気味でしたが、身で体験してない友人達はずんずんと境内に入っていきます。
そして私は友人達に促されるまま、女性が釘を打ち付けていた樹に案内しました。
すると、どうでしょうか、たしかに樹に釘が刺さった穴が開いてるのですが、人形などはまったくありませんでした。
私とNに見られたことで持ち帰ったのでしょうか。それとも神社の人が片付けたのかもしれません。
拍子抜けの結果に、友人達は不服の声をあげましたが、私はほっとしていました。
その時です。Nの顔色がおかしいのに気づきました。真っ青な顔で一点を見つめています。私達は自然とその視線の先を見ました。
その場所から見える神社脇の道路に、車が一台止まっており、その窓からあの女性が私たちのことをじっと見ていたのです。
私は悲鳴にならない声をあげ、友人達になんとか声を絞り出して、あの人、あの人、と言いました。
誰もがその場で固まってしまいました。
するとその車は動き出して、そのまま走り去ってしまいました。私達が逃げ帰ったのは言うまでもありません。
あれからあの女性を見たことはありません。でも未だに夢にみます。夢の中でふと気づくと、女性が私を見つめているのです。
女性が私達を見ていると気づいたときの、あの恐怖は忘れられません。
概要~丑の刻参り~
丑刻参(うしのこくまいり)。別名、丑時参(うしのときまいり)
丑の刻(午前1時から午前3時ごろ)に神社の御神木に憎い相手に見立てた藁人形を毎夜五寸釘で打ち込むという、日本に古来伝わる呪術の一種である
一般的な方法としては、
白装束を身にまとい、顔に白粉を塗り、頭に五徳をかぶってそこにロウソクを立て、一本歯の下駄を履き、胸には鏡、腰には護り刀、口に櫛を咥えて、神社の御神木に憎い相手に見立てた藁人形を毎夜五寸釘で打ち込むという呪詛で普及している
これにはトランプのUNOや大富豪ように、地方によって様々な派生がある
例を挙げると、藁人形に呪いたい相手の体の一部(毛髪、血、皮膚など)や写真などを入れる必要があったり、丑刻参を行う期間に差があったり(大抵は1週間ほど)、打ち付けた藁人形を抜かれてはいけない、などがあるみたいだ
呪詛効果としては、
・肉体的ダメージを与える。(病気、怪我)
・精神的ダメージを与える。(鬱などの精神病)
・不幸を呼び込ませる。(事故、事件、天災など)
・「運」を奪う。(仕事、金銭、家族、友人…何をやっても上手くいかなくなる)
・対象者をコントロールする。(遠くへ追いやる、反対に近くへ引き寄せることも可能。恋愛等のコントロールも含む)
現在、呪いによって現れた事象に対して罰する法律はない。それはつまり、呪いとは現代社会で合法的に相手を操作する唯一の手段なのだと。たとえ呪詛がプラシーボ効果であったとしても、こんなことを考えること自体が恐ろしい
また、丑刻参は誰かに見られるとその効果が全て自分に跳ね返ってくると言われているので、そのためか、数ある怖い話の中には丑刻参の目撃者に襲いかかろうとする実行者の話などがある
丑刻参は元々が「鬼になろうとする者のための儀式」なので、丑刻参を実行した時点で心も鬼になっているのかもしれない
深夜にわざわざ神社までおもむいて、呪いをかけて相手を恨むくらいに「狂って」るわけだから、正常な判断力がなくなっているのかもね
だから、今でも見られた人が見た人を襲うことも十分ありえるのではないか・・・深夜には神社に行かないようにしましょう
蛇足だが、この丑刻参、先ほどの理由などから現代では実行が難しいとされ、代行サービスなるものも存在するという噂だ。相場は、・・・これは言えないよw