オ)地下のまる穴

これは17年前の高校3年の冬の出来事です。

あまりに多くの記憶が失われている中で、この17年間、わずかに残った記憶を頼りに残し続けてきたメモを読みながら書いたので、細かい部分や会話などは勝手に補足や修正をしていますが、できるだけ誇張はせずに書いていきます。

私の住んでいた故郷はすごく田舎でした。

思い出す限りたんぼや山に囲まれた地域で、遊ぶ場所といえば原付バイクを1時間ほど飛ばして市街に出てカラオケくらいしかなかったように思います。

そんな片田舎の地域に1991年突如、某新興宗教施設が建設されたのです。

建設予定計画の段階で地元住民の猛反発が起こり、私の親もたびたび反対集会に出席していました。

市長や県知事に嘆願書を提出したり地元メディアに訴えかけようとしたらしいのですが、宗教団体側が「ある条件」を提示し建設が強行されたそうです。

条件については地元でも様々な憶測や噂が飛び交いましたが、おそらく過疎化が進む市に多額の寄付金を寄与する事で自治体が住民の声を見て見ぬふりをした、という説が濃厚でした。

宗教施設は私たちが住んでいる地域の端に建てられましたが、その敷地面積は東京ドームに換算すると2~3個ぶん程度の広さでした。

過疎化が進む片田舎の土地は安かったのでしょう。

高校2年の秋頃に施設は完成し、親や学校の担任からは「あそこには近づくな」「あそこの信者には関わるな」と言われていました。

私たちはクラスの同級生8人くらいで見に行ったのですが、周りがすべて高い壁で囲われ、正面には巨大な門があり、門の両端の上の部分に恐ろしい顔をした般若みたいなものが彫られていました。

それを見た同級生たちは、

「やばい!悪魔教じゃ悪魔教じゃ」

と楽しそうに騒いでいましたが、そういう経緯から学校ではあの宗教を「悪魔教」や「般若団体」などとわけのわからないあだ名で呼ぶようになりました。

たまに暇な時などは同級生ら数人で好奇心と興味と暇潰しに施設周辺を自転車でぐるぐるしていましたが、不思議な事に信者や関係者を見た事は一度もありませんでした。

あまりに人の気配がなく、特に問題も起きなかったので、しだいに皆の関心も薄れていきました。

高校3年になり、宗教施設の事は話題にもならなくなっていたのですが、ある日同級生のAが、

「あそこに肝だめしに行かんか」と言いはじめました。

Aが言うには、「親から聞いたけど、悪魔教の建物に可愛い女が出入りしとるらしい。毎日店に買い物に来とるらしいで」

Aの実家は地域内で唯一そこそこ大きいスーパーを経営していました。

Aの両親は毎日2万円~3万円ぶんも買い物をしていく「悪魔教」にすっかり感謝しているようでした。

「俺の親は、あそこの信者はおとなしくて良い人ばかりって言いよったよ。怖くないし、行ってみようや」

私やその他の同級生も遊ぶ場所がなく毎日退屈していましたので、「じゃあ行くか!」という事になり肝だめしが決定しました。

メンバーは私とAとBとCとDの同じクラスの5人と、後輩のEとFの全員男の7人になりました。

7人もいれば怖くないでしょう。皆も軽い気持ちで行く雰囲気でした。

待ち合わせは施設にほど近い、廃郵便局の前になりました。

私が到着するとABCとEは来ていたのですが、DとFが30分近く待っても来なかったので5人で行く事になりました。

施設の近くに自転車を停車させ、徒歩で施設の門へ。

「うわ~夜中はやっぱ怖いわ」
「懐中電灯をもう一つ持ってくりゃ良かったね」などと話していました。

巨大な門の前まで来ると門からかなり離れた敷地内の建物の一ヶ所に電気がついていました。

「うわぁ信者まだ起きとんじゃね」
「悪魔呼んだりしとんかね(笑)」

などと軽口を叩いていましたが、Cが、「これ、中に入れんじゃん」と言いました。

するとAが、「俺が知っとるよ。横を曲がったとこに小さい門があってそっから入れる」と言いました。

「A、なんで早く言わんのんや」とか言いながら、壁づたいを歩き、突き当たりを横に曲がり少し歩くと壁に小さな扉がありました。

Aが手で押すと、向こう側に開きました。人ひとりようやく通れる扉を5人で順番に通って中に侵入しました。

その後は懐中電灯をつけたり消したりしながら更地の敷地内をぐるぐるしていました。

「なんもないじゃん」
「建物に近づいたらさすがにヤバイよの」

など小さな声で雑談していたのですが、あまりにも何もなくつまらないので施設に近付いてみる事にしたんです。

敷地内は正面の門からは長々とした100メートルくらいの完全な更地で、その先に大きな施設が三棟並んでいました。

よく覚えていませんが、とても奇妙な外観をしたデザインの建物でした。

施設周辺をコソコソ歩いていると、施設と施設の間に、灯りのついたキレイな公衆トイレの建物がぽつんとあり、トイレがある場所一帯は白いキレイなコンクリートで舗装されていてベンチまでありました。

Aが「ちょっと休憩しようや」と言い出し、

周りの同級生らは、「はぁ?見つかったらさすがにヤバイだろ」「さっさと一周して帰ろうや」と言いました。

私も「見つかったら警察呼ばれるかもしれんし、卒業まであと少しじゃし、問題起こしたらヤバイ、はよう帰ろうや」と言いました。

しかしAはベンチに座ると煙草を吸い始めました。

「じゃ一服だけして帰るか」という事で、全員でその場に座って煙草を吸いました。

するとAが、「俺ちょっとトイレ行ってくるわ」とその公衆トイレの中に入っていきました。

BやCは、「アイツ勝手に入った建物のトイレでよくションベンなんか出せるなぁ」「ウ○コなら悪魔に呪われるんじゃないか」

とか冗談を言いながら煙草を吸っていたんですが、しばらくするとAがトイレの中から、

「お~い。ちょっと来て。面白いもんがあるよ」と小さな声で言いました。

ゾロゾロと行ってみるとAは、「ほら、ここなんだと思う?」と便所の個室を指さしました。

Bが「トイレじゃん」と言うと、

「ドア開けてみてや」と言い、

Bが「なんや」と言いながら扉を開けました。

扉を開けてみると、なぜか中には地下に降りる階段がありました。

Aは「おかしいじゃろ。便器便器と並んで、ここだけ階段なんよ」と言いました。

いよいよこの状況がおかしな事に気づきました。

第一Aの言動がずっと不可解でした。

Aが急に肝だめしを提案した事、横の扉の位置を把握していた事、トイレの扉をわざわざ開いた事などです。

私はAに「お前まさかココでウ○コするつもりだったん?」と聞きました。

Aは「いや、うん、そうじゃ」と曖昧に答えた後「ちょっと降りてみんか?」と皆に聞き始めました。

私は当然断りました。

「お前おかしな事言うなや。はよ帰ろう。ここでグズグズしよったら見つかるじゃろ」と言うと、

「はは~お前怖いんじゃろ?ちょっと降りるだけなのに怖いんじゃろ」と馬鹿にした感じで言い出しました。

私はこれはAの挑発だと思いました。下に誘導しようとしているとしか思えなかったのです。

Bも「ワシもいかんわ。帰ろうで」と言ってくれたのですが、

他の二人は「なんか面白そう。ちょっとだけ降りようか」みたいな感じでAに同調したのです。

Aは「お前らは勇気あるの~」とか言いながら、私やBを更に挑発していましたが、

Bは「ワシ行かんで。勝手に行けや」と吐き捨てるように言いました。

Aは「ならまず3人で降りるわ。お前らはとりあえずココで待っといてや」と言いました。

そして3人は下へと降りて行ったのです。

私とBの二人はトイレの外には出ず中で待っていました。

トイレの周辺は施設に挟まれた形で窓も多数あったため、「どこの窓から見つかるか分からない」と思い、トイレ内で待機していました。

Bは「おい、Aってなんか変じゃないか?」と聞いてきました。

私は「今日のAはおかしい。なんか最初っから俺らをココに連れてきたみたいな感じがする」と答えると、

Bも「ワシもそう思いよった」と言いました。

その後はBと一緒に今夜の事や見つかってしまった時の対処法などを話していました。

5分近く経った頃、「ちょっと遅くないか?!」と私もBもイライラし始めました。

Bは「もう二人で帰るか」と言い出したのですが、

二つあった懐中電灯のうち二つともAたちが持って降りてしまったので、暗闇の中あの小さな横の扉を発見するのは時間がかかると判断し、しぶしぶ待っていました。

すると、遠くのほうから足音が聞こえてきたんです。

ザッザッザッという複数の足音が遠くから聞こえてきました。

私もBも、一瞬で緊張しました。

私たちは小声で「ヤバイ…人がきた。マズイで…」と囁きあいました。

場が張りつめた雰囲気に変わりました。

足音は遠くからでしたが、どの方角からの足音か分からなかったですし、いま外に出ても私たちは施設内の方向や構造が分からないので見つかってしまう可能性がありました。

Bが「ヤバイ…近づいて来とるで…どうする?」とかなり慌てた感じで言っていました。

私も内心は心臓がバクバクしながら「コッチに来るとは限らんし、来そうなら隠れよう」と言いました。

しかし確実に足音は私たちのいるトイレに近づいてきていました。

その時Bがいきなり階段ではない他の大便の個室の扉に手をかけました。

しかし開きません。隣の個室もなぜか開きませんでした。

Bは「クソッ!閉まっとる。あ~クソッ」と小さな声で叫びました。

足音はおそらく15mくらいまで近づいてきています。

直感的ですが、私はその時足音の連中は間違いなくトイレに来ると確信していました。

Bもきっと同じ予感がしていたのだと思います。

私もBもジッと立ち尽したままでした。

Bは「…仕方ないわ。降りよう」と言い出しました。

私は「えっマジで…?」と返事をしました。

あの得体の知れない階段を降りるのはすごく嫌でしたが、トイレ内にはもはや隠れる場所もなく、走り出したところで暗闇の中でしかも場所がよく分からないので捕まるだろうと思いました。

深夜の宗教施設という特殊な状況下で判断力も鈍っていたのかもしれません。

足音がもうすぐトイレ付近に差しかかる中、私とBは個室の扉を開き足音を忍ばせながら下への階段を降りました。

階段はコンクリート造りの階段で、長い階段なのかと思っていましたが意外にも10段くらいで下に着きました。

真っ暗闇なので何も見えないのですが、前を歩いていたBが降りた突き当たりの目の前にあったのだろう扉を開きました。

中には部屋がありました。

部屋の天井にはオレンジ色の豆電球がいくつかぶら下がり、部屋全体は淡いオレンジ色に包まれていました。

私とBはその部屋に入ると扉をそっと静かに閉めました。

部屋を見渡すと、15畳くらい(よく覚えていません)の何もないコンクリート造りの部屋で、真ん中には大きく円状のものがぶら下がっていました。

説明しにくいのですが、巨大な鉄製のフラフープみたいなものが縦にぶら下がっている感じです。

そのフラフープは部屋の両隅の壁に付くくらい巨大なものでした。

私とBはそんなのを気にせずに扉の前で硬直していましたが、

私が「Aたちは?おらんじゃん…」と小さな声で言うと、

Bは「わからん、わからん…」とひきつった表情で言っていました。

そして私たちが聞いていた足音が予感通りトイレの中に入ってきたのが分かりました。

真上から足音がコンクリートを伝って響いてきました。その足音は3人~4人くらい。

私たちはジッと動けないまま扉の前で立ち尽していました。

なにやらブツブツ話し声が聞こえてきましたが内容までは聞きとれません。

話し合うような声に聞こえましたし、それぞれがなにかをブツブツ呟いているようにも聞こえました。

Bは下をうつむいたまま、目を閉じていました。

私はなにか楽しい事を思い出そうとして、当時流行っていたお笑い番組「爆SHOW☆プレステージ」を必死に思い出していました。

どのくらい時間が経ったのか分かりません。

いつのまにか、トイレ内のブツブツ呟く声は3~4人から10人くらいに増えている事に気づきました。

上にいる連中は私たちがここに隠れている事を知っているのではと思いました。怖くてガタガタ震えてきました。ブツブツブツブツと気味の悪い話し声に気が遠くなりそうでした。

突然ブツブツ呟く声が消えると、ガタンッと扉が二つ連続して開く音が聞こえた後、さらにガタンッと音がしました。

そのガタンッはトイレの個室を開く音だとすぐに分かり、鳥肌が立ちました。

「他の個室には最初から人が入っていたんじゃないか」

私と同じようにBがその可能性に気づいたのかどうかは分かりませんが、さっきは鍵が閉まっていたのですから外から開けたのではなく個室から誰かが出てきたんだと思ったのです。

そして階段を降りる足音が聞こえてきました。

限界でした。

階段を降りきるまで15秒とかからないでしょう。

私はBの腕をギュッと掴みました。

階段を降りる足音が中間地点くらいになった時、

Bは「うわぁぁぁ~」と情けない悲鳴をあげながら私の手を振り払い部屋の奥に走り出しました。

その時です。

Bがあの丸い輪をピョンとジャンプした瞬間、一瞬でBの姿がなくなったのです。

私はただただ唖然としました。

フラフープ状の丸い輪の向こう側に飛び越えるはずなのに、Bが忽然と姿を消してしまった事に、恐怖よりも放心状態になりました。

私は扉から少し離れ、扉とフラフープの間に立ちました。

「謝ろう!」と思いました。
「すみません。勝手に入ってしまいました。本当にすみません」そう言おうと思いました。

扉がゆっくり開きました。

開いた扉の隙間から、わざとらしく、ひょいっと顔だけが現れました。

王冠のようなものをかぶった老人が顔だけ覗かせこちらを見ていました。

満面の笑みでした。

おじいさんかおばあさんかは分かりませんでしたが、長い白髪に王冠をかぶったしわくちゃの老人が満面の笑みで私を見ていました。

それは見た事もない悪意に満ちた笑顔で、私は一目見て「これはまともな人間ではない」と思いました。

話が通じる相手ではないと思ったのです。

その老人の無機質な笑顔に一瞬でも見られたくないと思い、

「はうひゃっ!」と情けない悲鳴が喉の奥から勝手に出てきて、私もまたBと同じようにフラフープ状の輪に飛びこみました。

目を開くと病室にいました。

頭がボーッとしていました。

腕には注射針が刺さり、私は仰向けに寝ていました。

上半身を起きあがらせるのに3分近くかかりました。

窓を見ると綺麗な夕焼けでした。部屋には人はおらず、個室の病室でした。

何も考えられずただボーッとしていました。どのくらいの時間ボーッとしていたか分かりません。

しばらくすると、ガチャッとドアが開き看護婦さんが現れました。

看護婦さんは、かなり驚いた表情で目を見開くと、そのままどこかに駆け出しました。

私はそれでもボーッとしていました。

その後は担当医や他の医師たち数人が来て、私に何かを話しかけているようでしたが、私はボーッとしたままだったらしいです。

その後時間が経ち意識もだんだんと鮮明になってきました。

医師からは、「さっき○○君の家族呼んだからね。○○君は長い時間寝ていたんだよ。でも心配しなくていい。もう大丈夫だよ」と意味不明な事を言われました。

起きてからも時間の感覚がよく分からなかったのですが、やがて母らしき人と若い女の子が泣きながら病室に入ってきました。

それは母ではありませんでした。それに私の名前は○○でもありません。

母を名乗る女性は「よかった…よかった」と泣いて喜んでいました。

若い女の子は私に「お兄ちゃん、おかえり…」と言いながら泣き崩れてしまいました。しかし私に妹はいません。

3つ離れた大学生の兄ならいましたが妹などいません。

私は「誰ですか?誰ですか?」と何度も聞きました。

医師は「後遺症でしょうが時間が経てば大丈夫だと…」みたいな事を母らしき女性や妹らしき女の子に励ますように言っていました。

「今夜は母さんずっといるからね」と言われました。

私は寝たままいろいろな検査を受け、そのつど医師に、

「僕は○○でもないし、母も違うし妹もいません」と言いました。

しかし医師は、「う~ん…記憶にちょっと…う~ん…」と首を傾げていました。

「○○君はね、二年近く寝たきりだったんだよ。だから記憶がまだ完全ではないんだと思うよ」と言われました。

そう言われても、私にはショックな感情すらありませんでした。

現実にいま起きている事が飲み込めなかったのでショックを受ける事さえできなかったのです。

医師は言葉を選びながら私を必死に励ましてくれました。

母らしき人は記憶喪失にショックを受けて号泣していました。

私は「トイレに行く」と言ってトイレに行きました。

立ち上がる際に足が異常に重くなかなか立ち上がれずにいると、医師や看護婦や妹らしき人が手伝ってくれました。

トイレに行くと、初めてあの夜の事を思い出しました。

不思議ですが、目覚めてからの数時間一度もあの肝だめしの事は思い出せずにいました。

トイレがすごく怖かったのですが、肩をかしてくれた医師や付いてきた母や妹がいたので中に入りました。

用を足したあと、鏡を見て悲鳴をあげました。

顔が私ではありませんでした。

まったくの別人でした。

覚えていないのですが、その時私は激しいパニックを起こしたらしく大変だったらしいです。

その後は一ヶ月近く入院しました。

私は両親と名乗る男女や、妹を名乗る女の子や、見舞いに来た自称友達や、自称担任の先生だったという人らに、

「僕は○○じゃないし、あなたを知らない」と言い続けました。

AやBの事や自分の過去の記憶を覚えている範囲で話し続けましたが、すべて記憶障害,記憶喪失で片付けられました。

Aなど存在しない、Bもいない、そんな人間は存在しないと説得されました。

しかしみんな私にとても優しく接してくれました。

医師や周りの話だと、私は学校帰りに自転車のそばで倒れているところを通行人に発見されそのまま病室に担ぎ込まれたそうです。

私に入ってくるこの世界の情報はどれも聞いた事がないものばかりでした。

例えば、「ここは神奈川県だよ」と言われた時は、私は神奈川県など知らないしそんな県はなかったはずでした。

通貨単位も円など聞いた事もない。

東京など知らない。日本など知らない…という感じです。

そのつど医師からは「じゃあ、なんだったの?」と聞かれるのですが、どうしても思い出せないのです。

Aの名前も思い出せず、「同級生の友達」と何度も説明しましたが周りからは「そんな子はいないよ」と言われました。

あの施設に入り、あのフラフープに入った話を医師に何度も必死に説明しましたが、

「それは眠っていた時の夢なんだよ」という感じで流され続けました。

しかし恐ろしい事に、私自身、自分は記憶喪失なんだ、前の人生や世界は全部寝ていた時の夢だったんだと真剣に思い始めていたのです。

「記憶喪失な上に、別人格・別世界の記憶が上書きされている」と信じはじめていたのです。

どちらにせよ私には別人としての人生を生きていく事しか選択肢はありませんでした。

退院後に父や母や妹に連れられ自宅に戻りました。

「思い出せない?」と両親から聞かれましたが、それは初めて見る家に初めて見る街並みでした。

私はカウンセリングに通いながら必死にこの新しい人生に順応しようと思いました。

私に入ってくる単語や情報には違和感のあるものとないものに分かれました。

都道府県名や国名はどれも初めて聞いたものばかりですし、昔の歴史や歴史上の人物も初耳でしたが、大部分の日常単語については違和感はありませんでした。

テレビや新聞、椅子やリモコンなどの日常会話はまったく違和感ありません。

最初は家族に馴染めず、敬語で話したりパンツや下着を洗われるのが嫌で自分で洗濯などしていましたが、不思議な事に本物の家族なんだと思えるようになり、前の人生は前世か夢だと思うようになりました。

そう思えてくると、前の人生での記憶が少しずつ失われていきました。

唯一鮮明に覚えていた両親の顔や兄の顔や友人の顔や田舎の街並みも思い出すのに時間がかかるようになりました。

しかしあの最後の一夜、宗教施設での記憶だけはハッキリ覚えていました。

特にあの満面の笑みの老人の顔は忘れられませんでした。

新しい生活にも慣れ、カウンセリングの回数も減り半年後には高校にも復帰しました。

二十歳で高校3年生からやり直したのですが、友人もでき楽しさを感じていました。

テレビ番組も観た事がない番組ばかりでとても新鮮でした。

神奈川県の都市でしたので都会の生活もすごく楽しかったのを覚えています。

しかし、高校復帰から4ヶ月ほど経った後に、意外な形であの世界とこの世界とをつなぐ共通点が現れました。

ちょうど夏休みに私は宿題の課題のため本屋で本を探していました。

すると並べてある本の中で「○○○○」という文字が目に入りました。

宗教関連本でした。

「○○○○」というのは、紛れもなく、私が最後の夜に侵入した新興宗教の名前でした。

私は驚愕しました。

そして本を手にとり、必死に読みました。

「○○○○」はこの世界ではかなり巨大な宗教団体というのが分かりました。

私のいた世界では名前も聞いた事がない無名の新興宗教団体だったのに、こちらでは世界的な宗教団体だったのです。

それから私はその宗教の関連本を何冊も買い読みあさりましたが、それは意味がない行為でした。

読んだからといって何も変わりません。

戻れるわけでもなければ、誰かに私の過去を証明できるような事実でもありません。

周りに話したところで「それは意識がなかった時に○○○○が夢に出てきただけだ」と言われるだろうと思ったからです。

それに、親切にしてくれる新しい家族や友人たちに迷惑や心配をかけたくなかったのです。

せっかく高校にも復学し、過去の話をしなくなった私に対して安心感を感じてくれている周囲に対しての申し訳なさ、またカウンセリングに通う苦痛を考え私は見て見ぬふりをする事にし普通に人生を送ってきました。

17年が経ち、私も今は都内で働くごく普通のサラリーマンです。

ではなぜ今さらこんな事を書き記そうと思ったかと言うと、

先月私の自宅に封書の手紙が届きました。

匿名で書かれた手紙の内容は、

「突然で申し訳ありません。私はあなたをよく知っています。あなたも私をよく知っているはずです。あなたを見つけるのにとても長い時間と手間がかかりました。あなたは○○という名前ですが、覚えていますか?また必ず手紙を送ります。この手紙の内容は誰にも言わないでください。あなたの婚約者にも。よろしくお願いします」

という内容でした。

○○○と呼ばれても私にはもはや全くピンときませんが、以前そんな名前だったような気もします。

手紙が送られてきた事に対しては不思議と恐怖も期待もなく、どちらかというと人ごとのように感じました。

そしてその手紙の相手は先週二通目を送ってきました。

要約すると、

「あなたが知っている私の名前は○○です。あなたは覚えていませんよね?どうやらここにはあなたと私しか来ていないようです。」

と書かれ、さらに、

「今月25日の19時に○○駅前の○○にいるので必ず来てください。あなたに早急に伝えなければならない事があります。必ず一人で来てください」

と書かれていました。

私には○○の名前が誰なのか一切覚えていませんが会いに行くつもりです。

行かなければならない気がしています。

誰がそこに立っていたとしても思い出せないと思いますが、あの夜のメンバーなら話せば誰なのか分かります。

できればBであってほしいです。

なにが起こるか分からないのでこういう形で書き残そうと思いました。

同じような文面を婚約者と唯一の身内になった妹には残しておこうと思います。

長々と読んで頂いてありがとうございました。

 


 

真相はいったい何なのであろうか

まず前世界と現世界の相違点を整理してみよう

・主人公の容姿が違う

これは別人というわけではなく、別人にされたと解釈するべきだろう。なぜなら薄弱だが前世界の記憶があるからだ。でもそうだとしたら現世界の主人公とは誰なんだ。周りの人たちは演技とは考えにくいから現主人公と主人公を故意に取り替えたのか?なぜそんなめんどくさいことをわざわざ。目的はなんだ。いずれにしても分からない

・国名や地名なども初耳

前世界に存在したが忘れたというのは考えにくいから、やはりまったく別の世界なのか、または時系列が違うのか。日常言語には問題ないという点から場所や地域,国の相違による問題ではないだろう

そして両世界を繋ぐ唯一の点は、同一の「宗教団体」が存在しているということ

だが前世界では無名に近かった某宗教団体が現世界では世界的に有名な宗教団体になっている点は異なっている

これは「洗脳」でしょう

他に可能性があるものとしては、

・未来に飛んだ

可能性は無くもない。前世界は1991年だが現世界がいつの時代なのかについては明記されていない。時系列によるものの線はひとつの解釈としてはありか。日常言語は問題ないという点から、私は前世界も現世界と同じ日本だと考えている

・前世界は前世だった

前世界でフラフープを跨いだあとに消えたとなっていたが、実際は死んだか殺されたかで何らかの形で終末を遂げていた。そして現世界となる。記憶障害は普通に自転車の転倒によるもので、その際に脳に何らかの異常が起きて偶然前世を垣間見てしまった。覚えているものと覚えていないものに分かれていたのも全部記憶障害によるものだろう。ここまでは完璧なまでにつじつまが合うのだが、やはりこの解釈は真相ではないだろう。前世界の主人公を知っているさまである人からの接触によってやはり両世界はコネクトされていたはずである

・前世界は夢だった

これも「前世」の解釈と同じようにありえないだろう。現実に自分の夢を知る人が現れるのはおかしいからね

では「洗脳」の解釈について

目的がはっきりしないこの状況下でまずは謎のフラフープつまり現世界に移行したときの状況を走査してみよう

まずAは宗教関係者であり、主人公やBらを故意にフラフープまで連れてきたかについてだが、文中でもあったようにAの身振りは確かにおかしいところがあった

門の横の入り抜け扉の存在を知っていたこと、A以外のみんなが反対する中でも半ば強引にフラフープまで誘導したこと

だが疑問も残る

フラフープが本当に現世界へのシフト装置だとしたら、主人公とBが部屋に入ったときにすでにAを含め全員が部屋からいなかったこと

Aが宗教関係者だとしたらみんなをフラフープを跨がせたいはずだ

それならAは最初に行った他の2人を跨がせたあと、主人公とBのところへ戻ってくるはずだ

たが実際はコンクリート部屋には誰もいなかったのだから、抜け道の仕掛けでもない限りAも跨いだと考えるのが妥当だろう

誤ってのものなのか、または本当にAは宗教関係者じゃなかったのか

私意では、おそらくAは毎日Aの店に出入りしていた女から流言蜚語を吹聴されたのだろう

「宗教施設内の公衆トイレの個室に地下へと続く秘密の部屋がある」と

そしてその時に施設内に入る横の扉の存在も教えてもらったはずだ

だがフラフープを跨ぐとどうなるのかまでは教えてもらわなかったからA自身分からずに、友達と共にフラフープを跨いでしまった、という筋書きであると推測する

そして誰も知らせてないのに関係者連中がトイレに来たという点

誰かが知らせたのか、それとも何かしらの異変を感じ取って自ら来たのか

知らせたとしたら鍵がかかってあった2つの個室に入っていた誰かだろう

主人公とBがAらを待っている5分超もの間、気づかれることなく物音立てずに外部に通報できるのかどうかは果たして疑問だが、そんな委細にいちいちかまっていたらきりがないのでスルーだ

そして一番重要な点、フラフープはなんの装置なのか

容姿も変え記憶も奪って異世界に移行する装置なのか、夢を見させる装置なのか、それともどこかにワープする装置なのか

このフラフープは公衆トイレにあるという非常に誘導の好奇心を誘うかつ人の行き来が激しい立地だ

そしてこれが一番重要だが、フラフープは宗教施設の中にあるということ

つまり宗教団体が作ったフラフープであり、それを作った目的つまりフラフープの正体は、宗教団体の野望の実現とイコールである

これを踏まえつつ前世界と現世界の宗教における相違点を考察すると、某宗教の普及率という解に至る

つまりフラフープとは、それを通ることによって現世界という某宗教が世界クラスに有名な世界、いわば某宗教が中心であり、頂点である世界を本当の意味での現実世界と認識させる媒介装置なのだ

つまり、某宗教団体による「洗脳」である

そしてこの解釈が正しいとすると、現世界は虚構であり、それ自体が存在し得ない仮想世界なのだ

例えばネズミの入った箱を想像してみる

ずらっと並べられた何個もの箱の中に、それぞれネズミが一匹ずつ入っている

そしてネズミたちにはすべて別々の薬を与える

そうやってどの薬がどんな効果を生むのか確認する実験の様子をね、ちょっと思い描いてもらいたいわけですよ

箱の外、

つまりこの世界の外側で、我々の動きを観察し、時にはコントロールしているような誰かがいる

そう、超越的観測者が

彼らが何のために何をしているのかは解らない。もちろん、全ては推論の域を出ませんよ

能力者同士をコネクトすることで一つの巨大な客観性を生み出すのか、はたまたそこから生まれる高次の知性体なのか

いずれにしても、我々はしがない箱の中の実験体で、何者かによって好きなようにいじくり回されている可哀相な下等動物なのかもしれない

洗脳は誰にでもできうる行為だ

そしてその力は九天を極め、めったなことでは自己知覚することはできない

家畜の鶏や牛や豚は、自分が殺されるためにご飯を食べさせてもらっていると自覚する者などいない

なぜ人間たちは自分たちにご飯をくれたりしてこんなにも優しくしてくれるのか考えることはあったとしても、それがなぜなのかは分からないだろう

私たちが何者かに操られていることを認識することができないのと同じように

生命が誕生し、その始原から生涯を終えるまで80年前後、死後に今までのは全て夢でしたとカミングアウトされてもすぐには容易に信じることはできないだろう

これを信じることができなければあなたはすでに洗脳されていたという状態であり、同時に過去を否定して信じることもまた洗脳である

そう、つまり洗脳とは何かを知覚しそれを信じることと同じなのだ

「あなたは人間ですか」と聞かれて「私は人間です」と答えるのも洗脳であるし、

卵を見て「これは何ですか」と聞かれて、「これは卵で、我々の食べ物です」と答えるのも洗脳なのだ

科学は人間の産物であるが、その新しい生命体は今はまだ決して万能ではない

なぜなら、科学は光の速度が速いことは証明できても、なぜ光はそれほど速いのかという問いには答えられないからだ

「あなたは人間ですか」と聞かれて「私は人間です」と答える

では「なぜあなたは人間なのですか」という問いに答えられるだろうか

答えられたとしてもそれは個人的な思想の域を出ない

でも答える必要もないだろう

だって僕らはその問いに答えがあるのかどうかさえ分からないんだから

真実、真実と気軽に僕らは多用するが、それはあまりに希薄な概念である

後者の真実を本質と言うのなら、私たちはまだ一つも本質をかすめとってすらいない

それが普通だろう

この格付けも直感と概念と先入観と思い込みを包摂する「洗脳」にほかならない

結局は抜け出せないのだ

今はまだ

1mmだって千年たったら1mになり、1回だってもう一回続ければ2回になる

地球誕生から現在までを一年と例えると人の生命時間はわずか12月31日の20時30分からの3時間半だけだ

つまりこうゆうことだ

「未来の可能性のその縹渺さを思う」

そして自分が今やれることをやる。それだけだ

人から概念を切り離すことは不可能だ。人だけじゃない

概念は思い込みよりも強大で真実と同等の力を持ち、例外と共にあらゆる時空という時空に存在する

人にとって概念は思考のBIOSであり、概念にとって人間はいわば伝達物質なのだ

この相互扶助,相思相愛の関係は無意識の記銘のほどに根強く、ゆえに共進化へと展望する

人から概念を控除するのは人から思考を抜き取ることと同じであり、思考を抜けば進化が止まる

本来洗脳とはこうゆうものであり、気づくことはそうそうない

今回の話も、某宗教団体が主人公らが洗脳に気づかないように容姿を変え、記憶を抹消した

こうして主人公は一生仮想世界の中でそれを真実と信じて暮らすのだ

だが、「洗脳」さえも包摂する超強大な概念が対峙することになる

そう、「例外」に

「洗脳」側、今回で言うと某宗教団体、にとってはことごとく不運なことになった

疑惑はそれに確信を持てないから疑惑であり、真実が弊害となる

だが疑惑同士が接触し情報を共有したとき、疑惑が確信に変わる

「例外」同士の逢着はめったにないのであろうが、物語の設定上こうなのだから仕方ない

そしてそれは面白い

そして現実はしばしばつまらない

そうゆうものだ

そしてここで言う「例外」とは、洗脳されていることを自己知覚した「超越的理解者」であるということに他ならない


怖い話 目次

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