あるところに、2階を学生が、1階を中年プログラマーが借りている貸家があった。
だがこの2人は、これまでに一度も顔を合わせた事がない。
先に借りていたのは2階の学生だったが、中年プログラマーが下見に来た時は学生は帰省しており、引越しの時もまだ帰っていなかった。
ようやく帰ってきたときには、中年プログラマーは仕事が追い込みの時でなかなか家に帰れなかった。
そして学生が学校へ行っている間に中年プログラマーは起床し、学生が眠りについた頃中年プログラマーが帰宅するという、見事なまでのすれ違いを繰り返し2週間が過ぎた。
中年プログラマーのほうはこのままではまずいと思い、なんとか学生に挨拶して近づいておこうと思い、珍しく早く仕事を切り上げられた日に菓子折りを買って帰ってきた。
2階に明かりがついていて学生がいる事を確認すると、階段越しに、
「すいません、1階の○○ですが・・・」
と声をかけたが返答はなし。
2階へ上がって行こうかとも考えたが、向こうは勉強の最中かもしれないし、その内トイレや風呂のある1階に降りてくるに違いない。
その時に偶然を装って出くわして挨拶しようと思い、自分の部屋に戻った。
しかし、確かに2階から物音が聞こえ学生のいる気配はするのだが、その日はついに1階には降りて来なかった。
もしかして自分は避けられているのではないかと中年プログラマーは思った。
そしてその後もすれ違いは続き、中年プログラマーは自分が完全に避けられている事を自覚した。
そんなある日、家の何処からか悪臭が漂い始めた。
1階のあちこちを調べたが悪臭の原因となるものは見当たらず、悪臭は数日経っても漂い続けた。
「もしや2階で学生が・・・」と一瞬思ったが、その前の晩も2階から物音がした事を思い出し、そんなわけはないと一蹴した。
それでも臭いが気になるので、学生がいない時を見計らって徹底的に調べたところ、天井裏にネズミの死骸が転がっているのが分かった。
それから数日後、今度は不動産屋が何処かへ失踪している事が判明した。
警察が中年プログラマーの会社まで訪れて話を聞きに来た。
中年プログラマーは不動産屋がいなくなった事すら何も知らなかった為警察にはそのように答えたが、このまま放っておくわけにはいかず、
その日はさっさと仕事を切り上げると家の2階へ上がりドアをノックした。
「○○さん、いるんでしょう?」
だが何の返事もなく、物音もしない。
ドアノブを掴んだが鍵がかかっている。その後もノックを続けたが、返答はなかった。ドアを蹴破るわけにもいかず、仕方なく1階へ戻った。
翌日、中年プログラマーが警察へ駆け込みこれまでの事を全て話すと、警察は不動産屋が見つかったと言った。
なんでも飲み屋で知り合った女と意気投合し、誰にも告げずに旅行へ行っていたのだと言う。
そして不動産屋は中年プログラマーの会社へ電話を入れ、迷惑をかけた事を詫びた。
だが中年プログラマーが一番驚いたのは、2階の学生がつい先ほど引っ越して行ったという事だった。
なんでもその学生が言うには、
1階の住人が引っ越してきてから一度も姿を見せず、生きているのか死んでいるのかも分からない、
そしてなにやら悪臭がしてくる。
そして不動産屋は何処かへ消える。
いい加減怖くなってきたところへ2階へ誰かが上がってきてドアを激しく叩きまくる。
もう恐ろしくて布団の中でガタガタ震えていたんだそうだ。
その学生いわく、
「1階の人って本当にいるんですよね?幽霊じゃないですよね?」
――
都会の近所付き合いの希薄さが引き起こす話のひとつだ
悲劇になることもある